金曜日, 12月 08, 2006

たこ焼 その2

お兄ちゃんのコメントおもしろかったです。さすが2歳年上だからかよく細かいところまで覚えていますね。あの時は工場のトタン屋根もはずれて飛んでいったような。台風は子供心に怖いというより、お祭りがきたようにはしゃいでいたような気がします。ひどい被害にあわれた方には不謹慎ですが。大人は板を打ち付けたりして面倒だったでしょう。

加太のおばちゃん、鯛焼きのおっちゃんは名前が懐かしいです。鯛焼きのおっちゃんはごつい自転車に乗っていましたね。おっちゃんというより、おじいちゃんという感じの人でした。 家のおじいちゃんは鱧が好きでしたね。おばあちゃんは鰻が好物でした。富有柿、20世紀梨、岡山の白桃(これもおじいちゃんの好物)、ミカンはダンボールで買っていました。卵も冬は箱でかって店の隅に置いてあったなあ。寒い朝、練炭を熾す匂い、ごみ収集のスピーカーの音。朝ごはんの茶粥おかいさんにはったい粉、麦粉だったと思いますが、どんな漢字を書くのでしょう。私は口の中がぱさぱさしてはったい粉は苦手でした。

話は変わりますが、家の男の子たちはゲームは金曜日だけに制限しています。それから、友達が来ている時と友達の家に遊びに行った時はOKにしています。昨日フリーが、金曜日はゲームに飽きてきても、後1週間自由にできないと思うと辞められないと言っていました。なかなか難しいですね。サマーも友達とペンギンゲームをやるようになりました。

1 Comments:

At 12:28 午前, Blogger toshie said...

たこ焼きのおっちゃんは田舎で買ってきたこめをうちで、精米して、町の人に売って、日銭を稼いで、奥さんと2人で暮らしていました、。うちの百合子達3人、なんやかや、貰いましたよ。中さんは時々きます。今晩は邦ちゃんたちと、忘年会です、今待っているところです

 

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